AR(拡張現実)とは?ビジネスでの活用事例やメリットについて
「仮想現実」や「AR」といった言葉は、ビジネスの世界でも耳にすることが増えてきました。AR技術はビジネスや日常生活を大きく変える可能性がありますが、ビジネス現場でのAR活用についてはあまり知られていないのが実情です。
そこで本記事では、ARの概要や種類、ビジネス上の活用メリット、活用事例などを解説します。
AR(拡張現実)とは?
AR(拡張現実)とは、現実世界にデジタル情報を重ね合わせることで、現実を拡張する革新的な技術です。
この技術は、スマートフォンやタブレット、専用のARグラスなどのデバイスを通じて、現実の風景や物体に仮想的な要素を追加します。これにより、ユーザーは現実世界を基盤としながら、デジタル情報と相互作用することが可能になります。
ARの特徴は、現実世界を完全に遮断せず、その上に情報を付加する点です。例えば、スマートフォンのカメラを通して見た風景に、道案内や店舗情報などのデジタルコンテンツを重ねて表示することができます。また人や物などのCGを合成することで、現実空間そのものを変えていくことができます。
これは、仮想現実(VR)が現実世界を完全に遮断し、全く別の世界に没入させるのとは対照的です。
ARの歴史と発展
ARの歴史と発展は、SF小説の世界から現実の技術へと進化してきた興味深い軌跡を描いています。その起源は1901年にまで遡り、アメリカの作家ライマン・フランク・ボームが『マスター・キー』という小説の中で、人物の性格を表示する眼鏡を描写したことが、ARの概念的な始まりとされています。
しかし、実際の技術開発が本格化したのは1960年代からです。1968年には、コンピューター科学者のアイバン・サザーランドが「ダモクレスの剣」と呼ばれる最初のARデバイスを開発しました。これは頭部に装着する大型の装置で、現代のARグラスの原型となるものでした。
1990年代に入ると、ARという言葉が正式に誕生し、技術的な基盤が確立されていきます。1992年には、ボーイング社の研究員トム・コーディールが論文で初めて「Augmented Reality」という用語を使用しました。同年、ルイス・ローゼンバーグによって「Virtual Fixtures」が開発され、航空機の操作能力向上に活用されました。
2000年代に入ると、ARの応用範囲が急速に拡大します。2007年のiPhone登場を契機に、スマートフォンがAR技術の主要なプラットフォームとなりました。2016年にはゲームアプリの「Pokémon GO」が世界的なブームを巻き起こし、ARが一般大衆にも広く認知されるきっかけとなりました。
最新のAR技術では、AIとの融合により、より高度な機能が実現しています。例えば、リアルタイムの物体認識や空間マッピング技術により、より自然で没入感のあるAR体験が可能になっています。また、5Gの普及に伴い、より高速で安定したAR体験が提供されるようになってきました。
またApple Vision Proによって、カラーパススルー(あるいはビデオシースルー)によるARが突然高性能になり、ポピュラーになりました。これによって従来のビデオシースルーのARで問題とされていたARの視野角の狭さと暗い物体の表示、実世界の見え方が制御できないという問題を解決し、ARの限界を突破する技術・デイバスとして注目されています。
また、「空間コンピューティング」と呼ばれる従来の据え置き型モニターを代替する用途が見直され、新たなARの用途が広がっています。これらの影響により、Meta Quest 3などの従来型のVRゴーグルも、カラーパススルー機能を強化し、AR機能を大幅に実用化しつつあります。
ARとVR(仮想現実)MR(複合現実)の違い
AR、VR、MR、XR/xRという言葉を非常によく目にするようになってきた一方、これらの言葉の定義が人や企業によって大きく異なっているという業界の混乱状況が続いています。
ここでは、アカデミックで最も広く引用されている[MilgramKishino1994]の定義にできるだけ従ってこれらの言葉を解説します。「言葉の意味が人・企業によって様々」という点をよく理解していただきたいと思います。
まず、ARとVR、MRは、現実世界とデジタル世界の融合を目指す技術ですが、それぞれに特徴があり、用途も異なります。
● AR(拡張現実):現実の風景にデジタル情報を重ね合わせる技術
● VR(仮想現実):ユーザーを完全にコンピューター生成の3D環境に没入させる技術
● MR(複合現実):ARとVRの特徴を併せ持つ技術
これらの技術の違いは、現実世界との関わり方にあります。ARは現実世界を拡張し、VRは現実世界を置き換え、MRは両者を融合させます。
前述の通り、現状でもこれらの言葉は混乱して使われている状況ですが、今後、これらの技術はさらに進化し、やがて境界線が曖昧になっていく可能性があるでしょう。
AR技術の特徴
AR技術の特徴は、現実世界とデジタル世界を巧みに融合させ、ユーザーの体験を豊かにする点にあります。この技術は、私たちの目の前にある現実の風景や物体に、コンピューターが生成した情報を重ね合わせることで、新たな知覚体験を創出します。
ARの最も重要な特徴は、現実世界との接点を維持したまま情報を付加できることです。
ユーザーは周囲の環境を認識しながら、同時にデジタル情報を受け取ることができます。これにより、現実とバーチャルの境界を曖昧にし、より自然な形で情報を取り入れることが可能です。
ARデバイスの多くは透過型ディスプレイを採用しており、ユーザーの視界を遮ることなく情報を表示します(光学シースルーと呼ばれます)。例えば、ARグラスを装着すると、目の前の景色に重ねて道案内や店舗情報が表示されるため、歩きながらでも安全に情報を確認できます。
ただし、前述の通り、最近はカラーパススルー(あるいはビデオシースルー)がその性能を上げ、いくつかの面で工学シースルーの欠点を補う性質を持つため、広く使われるようになりつつあります。
さらに、ビジネス分野におけるAR活用も急速に広がっています。製品デモンストレーションでは、カタログやパンフレットにスマートフォンをかざすと、製品の3Dモデルが浮かび上がり、機能や特徴を視覚的に理解できます。
また、従業員トレーニングにおいても、複雑な機械の操作手順をAR表示することで、学習の効率化が可能です。
VR技術の特徴
VRは、ユーザーを完全に仮想環境に没入させる革新的な技術です。現実世界を遮断し、コンピューターが生成した3D空間内での体験を可能にします。この技術の中核となるのが、VRヘッドセットやヘッドマウントディスプレイ(HMD)と呼ばれる装置です。
これらのデバイスは、ユーザーの視界を360度覆い、立体的な映像を映し出します。頭の動きに合わせて映像が変化するため、まるで本当にその場所にいるかのような錯覚を引き起こすのも特徴です。さらに、高品質な音響システムと組み合わせることで、視覚だけでなく聴覚的にも没入感を高めています。
また、VRの大きな特徴の一つは、現実では体験困難な状況をシミュレートできる点です。例えば、建築設計の分野では、実際に建物を建てる前に、VR空間内で設計案を体験し、改善点を見つけることができます。
エンターテインメント業界でもVRの活用が進んでおり、ゲームはもちろん、VR映画やバーチャルライブなど、新しい形のコンテンツが次々と生まれています。
さらに、ビジネス分野ではVRを用いた仮想会議やリモートコラボレーションツールにも注目が集まっています。地理的な制約を超えて、あたかも同じ空間にいるかのようなコミュニケーションが可能になり、グローバルな協業が促進されるでしょう。
MR技術の特徴
MRは、ARとVRの特性を巧みに融合させた先進的な技術です。現実世界と仮想世界をシームレスに統合し、両者が自然に相互作用する環境を創出します。
この技術は、ユーザーの周囲の現実空間を認識しながら、そこに仮想オブジェクトを配置し、まるで本当にそこに存在するかのような体験ができます。
MRデバイスの特徴は、高度なセンサー技術を駆使していることです。
空間認識センサーやデプスカメラ、ジャイロスコープなどを組み合わせ、ユーザーの周囲の環境を精密にマッピングします。これにより、仮想オブジェクトが現実の物体と正確に干渉し、影を落としたり、物理法則に従って動いたりする様子を再現できます。
産業分野でのMR活用は急速に進んでいます。例えば、自動車設計では、実物の車体に仮想のパーツを重ね合わせ、デザインの変更をリアルタイムで確認できます。建築業界では、建設現場に完成後の建物を投影し、施工前に空間の使い勝手を検証することが可能です。
また、遠隔作業支援システムとしても注目されており、専門家が離れた場所から現場作業員に指示を出す際、MRを通じて視覚的な手引きができます。
XR技術の比較と適用分野
XR(クロスリアリティ)は、現実世界と仮想世界を融合させる革新的な技術の総称です。[MilgramKishino1994]ではこの言葉は使われていませんが、AR、VR、MRという言葉がいくつかの異なる意味に使われ業界が混乱してきたことを受けて、新たに全てを含む言葉として現れた言葉です。「xR」と書かれる場合もあります。おそらく検索時にiPhone XR(テン・アール)などのほかの「XR」と混じって不便だったためではないかと思います。
一般にこの概念には、AR、VR、MRが含まれ、それぞれが独自の特徴と適用分野を持っています。
ビジネスにおけるXR技術の活用は、目的に応じて使い分けることが重要です。製品開発のプロトタイピング段階ではVRを用いて完全な仮想モデルを作成し、設計レビューの際にはMRで実際の環境に配置して検討します。そして、実際の製造現場ではARを活用して作業者をサポートするといった形です。
XR技術の進化は目覚ましく、今後はこれらの技術を統合したマルチモーダルXRシステムの開発が進むと予測されています。同一のデバイスでAR、VR、MRの機能を切り替えられるようになれば、より柔軟な現実拡張体験が可能になるでしょう。
AR技術の種類や用途
AR技術は、私たちの日常生活やビジネスシーンに革新をもたらしており、その応用範囲は多岐にわたって様々な形態で活用されています。また、主要なAR技術には以下の種類があります。
● 位置測定技術
・マーカー型AR
・ロケーションベースAR
● デバイス
・プロジェクション型AR
・スマートグラス型AR
● 応用技術
・AI連携型AR
これらは分類ではなく、ARを実現する位置測定技術・デバイス・応用技術を表す種別ですので、単独で使用されるだけでなく、複数の技術を組み合わせて活用されることも多くなっています。
例えば、ロケーションベースARとAI連携型ARを組み合わせることで、ユーザーの位置や行動履歴、周囲の環境に応じて最適な情報を提供する「パーソナライズされたAR体験」を実現できるでしょう。
マーカー型AR
マーカー型ARは、AR技術の中でも最も広く普及している形態の一つです。この技術は、特定の画像や物体をトリガーとしてARコンテンツを表示するもので、日常生活のさまざまな場面で活用されています。
マーカー型ARの仕組みは比較的シンプルです。まず、特定の画像や物体をARマーカーとして登録します。ユーザーがスマートフォンやタブレットのカメラでこのマーカーを読み取ると、事前に設定されたARコンテンツが画面上に表示されるのです。このマーカーには、QRコード、ロゴ、イラスト、写真など、様々なものを使用することができます。
この技術の大きな特徴は、印刷物やパッケージングとの相性の良さです。例えば、商品パッケージにARマーカーを印刷しておけば、消費者がスマートフォンをかざすだけで、製品の詳細情報や使用方法の動画、3Dモデルなどを表示させることができます。
これにより、限られたスペースしかない包装でも、豊富な情報を消費者に提供することが可能です。
また、マーケティング分野でも、マーカー型ARは大きな可能性を秘めています。例えば、ファッションブランドのポスターにARマーカーを設置し、そこにスマートフォンをかざすと、その服を着たモデルが歩くアニメーションが表示されるといった使い方です。
このような使い方をすれば、消費者の興味を引き、商品への理解を深めることができるでしょう。
ロケーションベースAR
ロケーションベースARは、AR技術の中でも特に実用性の高い形態として注目を集めています。この技術は、マーカーやGPS、LiDAR/SLAM、UWB などの位置情報システムを活用し、ユーザーの現在地に基づいてARコンテンツを表示する革新的な手法です。
ロケーションベースARの仕組みは、スマートフォンやタブレットに搭載されたGPS、加速度センサー、磁気センサーなどを組み合わせて機能します。これらのセンサーが協調して働くことで、デバイスの位置や向き、傾きを正確に把握し、それに応じたARコンテンツを適切な場所に表示することが可能になります。
この技術の応用範囲は非常に広く、様々な分野で活用されています。例えば、観光地では、訪れた場所の歴史や文化に関する情報をリアルタイムで提供することができます。ユーザーがスマートフォンをかざすだけで、目の前の建造物や景観に関する詳細な解説が表示されるため、ガイドブックを持ち歩く必要がなくなるでしょう。
ナビゲーションアプリにおいても、ロケーションベースARは大きな変革をもたらしています。従来の2D地図による案内に加え、カメラを通して見る実際の風景に矢印や目印を重ねて表示することで、より直感的で分かりやすい経路案内が可能になりました。これにより、初めて訪れる場所でも迷うことなく目的地にたどり着けるようになっています。
小売業界でも、この技術の活用が進んでいます。店舗内でスマートフォンをかざすと、商品の詳細情報や在庫状況、関連商品の推奨などがリアルタイムで表示されます。これにより、顧客は必要な情報を即座に入手でき、より満足度の高いショッピング体験を得ることができます。
さらに、イベント会場やテーマパークなどの大規模施設でも、ロケーションベースARは来場者向けサービスとして注目を集めています。施設内のナビゲーションや、特定の場所でのみ体験できる特別なARコンテンツの提供など、来場者の体験価値を大きく向上させる取り組みが進行中です。
プロジェクション型AR
プロジェクション型ARは、実物体に直接映像を投影することでARを実現する技術です。この手法は、従来のスマートフォンやARグラスを介さずに、現実世界に直接デジタル情報を重ね合わせることができるため、より自然でシームレスなAR体験を提供します。
建築や都市計画の分野では、プロジェクション型ARの活用が急速に進んでいます。例えば、建設予定地に実寸大の建物イメージを投影することで、完成後の姿を具体的に把握できます。これにより、設計段階での問題点の早期発見や、地域住民との合意形成が容易になるでしょう。
また、都市計画においては、将来の街並みや交通システムの変更をリアルタイムでシミュレーションすることが可能となり、より効果的な都市開発につながっています。
製造業では、プロジェクション型ARが作業効率の向上と品質管理の強化に貢献しています。組立ラインでは、部品や製品に直接作業手順を投影することで、作業者は常に正確な情報を得ながら作業を進められます。これにより、人為的ミスの減少と生産性の向上が実現しています。
また、品質検査の場面では、製品の理想的な状態と現実の状態を重ね合わせて表示することで、微細な不良も見逃さず発見が可能です。
スマートグラス型AR
スマートグラス型ARは、眼鏡型のデバイスを通じてARコンテンツを表示する技術です。
この技術の最大の特徴は、ユーザーの両手を自由にしたまま、視界にデジタル情報を重ねられることです。従来のスマートフォンやタブレットを使用したARと比較して、より自然な形で現実世界とデジタル情報を融合させることが可能となりました。
工場や建設現場において、スマートグラス型ARは作業支援ツールとして広く活用されています。作業手順や安全情報を視界に表示することで、作業員は両手を使いながら必要な情報の確認が可能です。
これにより、作業効率が向上するだけでなく、危険箇所の可視化や警告表示によって安全性も高まっています。さらに、熟練技術者の知識や経験を視覚的に共有できるため、技術継承や新人教育の効率化にも役立っています。
オフィス環境においても、スマートグラス型ARの活用が期待されています。仮想ディスプレイ機能を使用することで、物理的なモニターを必要とせず、空中に複数の作業画面を展開可能です。
これにより、デスクスペースの有効活用や、モバイルワーク時の作業効率向上が見込まれます。また、ホログラフィック会議システムとしての活用も注目されており、遠隔地にいる参加者があたかも同じ空間にいるかのような臨場感のある会議が可能になります。
AI連携型AR
AI連携型ARは、拡張現実技術と人工知能を融合させた最先端のテクノロジーです。この革新的な組み合わせにより、ユーザーの状況や環境に応じて最適化されたAR体験を提供することが可能になりました。
画像認識AIとの連携は、AI連携型ARの中核を成す機能の一つです。カメラを通して捉えた映像をリアルタイムで分析し、物体や環境を瞬時に識別します。例えば、美術館でこの技術を活用すれば、作品にスマートフォンをかざすだけで、その作品に関する詳細な情報や作者の背景などが自動的に表示されるでしょう。
自然言語処理AIとの統合も、AI連携型ARの大きな特徴です。音声コマンドを用いてARコンテンツを操作できるため、ハンズフリーでの利用が可能になります。工場での機械操作や医療現場での手術支援など、両手が塞がっている状況でも、音声指示だけでARコンテンツを制御することが可能です。
機械学習の活用により、ユーザーの行動パターンを分析し、個人化されたAR体験を提供する試みも進んでいます。例えば、ショッピングモールでのAR案内システムが、ユーザーの過去の購買履歴や興味関心に基づいて、最適な店舗やセール情報を提案するといったことが可能になります。
最近では生成AIを用いた対話システムが導入されつつあります。従来のシステムと比べると圧倒的に汎用的な対話が可能となり、アシスタントやコンシェルジェ、エージェントなどの役割を担います。
ビジネスにおけるAR活用のメリット
AR技術は、ビジネス分野において革新的な変化をもたらしています。その活用メリットは多岐にわたり、企業の競争力強化にも大きく貢献しています。
以下は、ビジネスでのAR活用による主なメリットです。
● 顧客体験の向上と満足度の増加
● 業務効率化と生産性の向上
● 安全性の向上と危険作業の軽減
● 技術継承と人材育成の効率化
● マーケティングと販売促進の革新
今後、5G通信の普及やAI技術との融合により、ARの可能性はさらに広がると予想されます。
企業は自社の課題やニーズに合わせてARを戦略的に導入し、ビジネスの変革を推進していくことが重要です。
顧客体験の向上と満足度の増加
店舗内でスマートフォンやタブレットを通じて、商品に関する詳細情報やレビュー、関連商品の提案などをリアルタイムで表示することで、顧客は必要な情報をその場で得られスムーズに購買の意思決定ができます。
また、ARと顧客の過去の購買履歴やブラウジング行動をAIと組み合わせて、個々の顧客のニーズに合わせた製品を提案することも可能です。
これにより、顧客は自分に最適な商品を効率的に見つけることができ、結果として購買満足度の向上につながります。
観光業やイベント業界においても、ARは顧客体験を大きく変革しています。歴史的建造物や遺跡をARで再現したり、イベント会場に仮想キャラクターを登場させたりすることで、従来にない没入感のある体験を提供できるでしょう。
業務効率化と生産性の向上
製造業では、ARグラスを通じて作業手順や部品の配置情報をリアルタイムで表示することで、作業者は常に正確な情報を得ながら作業を進められ、ミスの低減と作業速度の向上が見込めます。
物流分野でも、倉庫内でのピッキング作業において、ARグラスを通じて最適な経路や商品の位置情報を表示することで、作業効率が大幅に向上します。
また、複雑な機械設備の点検や修理作業においては、ARを通じて部品情報や作業手順を表示することで、作業の効率化と正確性がアップします。さらに、遠隔地の専門家とARを介して連携することで、現場作業者への即時サポートが可能となり、問題解決のスピードアップにつながるでしょう。
このように、AR技術の導入は様々な業種や業務において、効率化と生産性向上をもたらします。
安全性の向上と危険作業の軽減
ARを活用したシミュレーション訓練は、実際の危険にさらされることなくリアルな体験を可能にします。作業員は仮想的な緊急事態に対処することで、実際の危機に直面した際に冷静かつ適切に行動できるようになります。このような訓練は、従来の座学や限定的な実地訓練と比べて、はるかに効果的で安全です。
また、AR技術を用いた設備点検は、危険箇所の可視化と早期発見を可能にします。ARグラスを装着した作業員は、設備の正常な状態と現在の状態を重ね合わせて見ることができ、異常や劣化を即座に識別できます。これにより、潜在的な危険を事前に察知し、事故リスクを大幅に低減することが可能です。
さらに、AR技術を活用した遠隔操作や指示システムは、作業員が危険区域に立ち入る必要性を最小限に抑えます。ARを通じて専門家が遠隔地から作業員を指導することで、現場での作業時間を短縮し、リスク暴露を減らすことができます。これは、作業員の安全を確保しつつ、必要な作業を確実に遂行する上で非常に有効な方法です。
技術継承と人材育成の効率化
AR技術により、従来の紙ベースのマニュアルでは伝えきれなかった複雑な技術や知識を、視覚的かつ直感的に伝達できるようになりました。その結果、技能習得にかかる時間を大幅に短縮し、効率的な人材育成を可能にしています。
さらに、ベテラン技術者の動作や視点をAR化する取り組みも注目されています。
熟練者の「匠の技」とも呼ばれる暗黙知は、言葉や文章だけでは伝えきれない場合が多くあります。しかし、ARを活用することで、熟練者の視線の動きや手の動作を可視化し、若手技術者に効果的に伝達することができます。そして、長年の経験で培われた技能を、より短期間で次世代に継承することが可能となるでしょう。
危険を伴う作業や高額な設備を必要とするシミュレーション訓練において、ARの活用は安全性と経済性を両立させます。実践的なスキルを効率的に習得し、現場での即戦力を育成することが可能になります。
また、リアルタイムのAR指導システムの導入により、遠隔地からでも効果的な技術指導が可能になりました。グローバルに展開する企業では、各拠点の技術レベルの均一化が課題となっていましたが、AR技術を活用することで、世界中の拠点に同質の技術指導をすることができるようになりました。
マーケティングと販売促進の革新
ARを用いた製品カタログやパッケージは、静的な情報に動的な要素を加えることで、商品の魅力を効果的に伝達できます。限られたスペースしかない包装でも、豊富な情報を消費者に提供することが可能です。
さらに、ソーシャルメディアと連携したAR広告は、ユーザー参加型のバイラルマーケティングを展開する強力なツールとなっています。
SNSプラットフォームが提供するARフィルター機能を活用することで、ブランドのキャラクターや製品と一緒に撮影した写真をユーザーが自発的にシェアする仕組みが作れます。これにより、広告の受け手だった消費者が、能動的な情報発信者となり、口コミ効果を最大化することができます。
また、店舗内でのARナビゲーションシステムも、顧客の購買行動を効果的に誘導し、クロスセルやアップセルの機会を創出します。例えば、スーパーマーケットでスマートフォンをかざすと、目的の商品までの最短ルートが表示されるだけでなく、関連商品や特売情報も同時に提示されるようなシステムが考えられます。
オンラインショッピングにおいても、ARを活用した製品デモンストレーションは、実店舗に近い購買体験を提供し、コンバージョン率の向上に貢献します。購入後のミスマッチを減らすという点でも大いに役立つでしょう。
ビジネスでのAR活用事例
AR技術は、様々な業界で革新的なソリューションを提供し、ビジネスの在り方を大きく変えつつあります。多くの企業がARを活用して顧客体験の向上や業務効率化を実現しており、その事例は多岐にわたります。
ここでは、以下の会社の事例を紹介します。
● NECソリューションイノベータ株式会社
● 株式会社写真化学
● 長谷川工業株式会社
● HappayLifeCreators株式会社
これらの事例からも、ARがビジネスにもたらす価値は明らかです。
自社の業務にAR技術を導入する前に、ここから紹介する事例もご参照ください。
NECソリューションイノベータ株式会社
NECソリューションイノベータ株式会社は、ARとスマートグラスを組み合わせた先進的な現場作業支援システムを導入しています。
このシステムは、作業者が両手を使いながらも、遠隔地からリアルタイムに指示を受けることができるという点で非常に優れています。
実際に、製造現場や建設現場、物流のピッキング作業において、作業効率と正確性の向上が図られており、支援者は現場に赴くことなく複数の作業者を同時にサポートできるため、コスト削減と作業ミスの低減が実現可能です。
また、支援者は現場の状況をリアルタイムで確認し、映像を録画して研修教材としても活用できるため、ノウハウの蓄積と人材育成にも役立っています。
このシステムは、インターネット接続があれば国内外問わず利用可能であり、新人やパート作業員のミス防止にも効果を発揮しています。
参考:経済産業省「関西VR/AR/MR企業カタログ 4.NECソリューションイノベータ株式会社」
株式会社写真化学
株式会社写真化学は、150年以上の歴史を誇る老舗の印刷会社として、新たにGPS不要の屋内ARナビゲーションシステム「NAVIMICHAEL」を開発しました。
このシステムは、スマートフォンのカメラ映像に矢印を重ねて表示し、直感的に道案内を行うことができる点で非常に革新的です。
大規模な設備投資やビーコン設置が不要で、既存の施設にスムーズに導入できるため、商業施設や大規模イベントでの活用が期待されています。
さらに、マーケティング機能を追加することも可能で、施設内の広告やクーポンの表示、来場者の動態測位データ収集など、幅広い用途に対応できます。これにより、訪問者や従業員の利便性を高めるとともに、業務効率の向上にも役立つでしょう。
外国人旅行客にも直感的に利用できる設計となっており、観光地や公共施設での導入も進められています。
参考:経済産業省「関西VR/AR/MR企業カタログ 9.株式会社写真化学」
長谷川工業株式会社
長谷川工業株式会社は、はしごや脚立など足場関連製品の製造・販売を手掛ける企業であり、営業活動の効率化を目指してAR技術を活用した「ハセガワAR」を開発しました。
このツールは、スマートフォンやタブレットを用いて、顧客に製品の設置イメージをリアルに再現することができるため、製品を実際に持ち込むことなく営業が行えるという大きな利点があります。
その結果、営業コストの削減や遠方顧客へのアプローチが容易になり、営業効率の向上が期待されています。
また、他の製造業者向けに、ARコンテンツ制作をサポートするサービス「メーカーパーク」も展開しており、製品の魅力を最大限に伝えることができる高品質なARコンテンツの提供を行っています。
このサービスは、同じものづくり企業の目線を活かし、顧客のニーズに応じたカスタマイズが可能な点が特徴です。
参考:経済産業省「関西VR/AR/MR企業カタログ 12.長谷川工業株式会社」
HappayLifeCreators株式会社
HappayLifeCreators株式会社は、ビルやプラントなどの設備管理現場における作業効率化と働き方改革を支援するため、AR技術を活用した作業支援システム「TASKel」を提供しています。
このシステムは、作業者がスマートグラスを通じて作業手順を確認しながら、作業を進めることができるため、作業効率が大幅に向上します。作業結果は音声入力により報告書に自動反映され、リアルタイムで管理者とデータを共有することが可能です。
さらに、異常値が発生した場合には即座に通知されるため、迅速な対応が可能であり、現場作業の安全性も向上しています。
TASKelは、人手不足や長時間労働といった課題を抱える現場において、作業員の育成支援や業務効率化を実現しており、オフライン環境下でも使用可能なため、コストを抑えつつ高機能な作業支援が可能です。
参考:経済産業省「関西VR/AR/MR企業カタログ 14.HappayLifeCreators株式会社」
AR技術の課題と今後の展望
AR技術は急速に進化し、様々な分野で活用されつつありますが、その普及と発展には依然としていくつかの課題が存在します。
現在のARデバイス、特にARグラスには、重量やバッテリー持続時間の問題があります。多くのARグラスは長時間の使用ができないため、終日の業務利用には適していません。しかし、ARグラスの軽量化と長時間使用を可能にする技術開発も進んでいます。
また、高品質なAR体験を作り出すには、専門的なスキルと多大な時間が必要です。3Dモデリングやプログラミング、UXデザインなど、多岐にわたる専門知識が要求されるため、中小企業にとっては大きな障壁となっています。
一方で、5G通信の普及は、ARの可能性を大きく広げると考えられています。低遅延・大容量通信により、より滑らかで高品質なAR体験が可能になります。例えば、リアルタイムで高精細な3Dモデルをストリーミングしたり、多人数が同時に参加する大規模なAR空間を構築したりすることが可能になるでしょう。
AR技術の進化は、私たちの現実世界の認識や相互作用の方法を根本的に変える可能性を秘めており、その発展に注目が集まっています。
最新技術や製品の情報入手に展示会を活用
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監修者情報
監修:塚本 昌彦
神戸大学大学院工学研究科教授、情報処理学会(理事),電子情報通信学会,
人工知能学会,日本ソフトウェア科学会,日本バーチャルリアリティ学会,
ヒューマンインタフェース学会,NPO WIN(理事),NPOチームつかもと(理事長),
ACM,IEEE各会員.NPO WUG(会長)
経歴:
ウェアラブルコンピューティング、ユビキタスコンピューティングのシステム、
インタフェース、応用などに関する研究を行っている。 応用分野としては特に、
エンターテインメント、健康、エコをターゲットにしている。
2001年3月よりHMDおよびウェアラブルコンピュータの装着生活を行っている。
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